ちょっと長めのプロフィール


TAKUYA SUZUKI VISUAL WORKS 代表
クリエイティブコンサルタント・映像作家|TAKUYA SUZUKI 鈴木 



生い立ち

母の影響で幼い頃から絵画や演劇、ピアノなど様々な芸術に触れる。中学卒業後の2001年4月からオーストラリアへ留学。アートの街メルボルンの郊外に位置するエッセンドン・キロー・カッレジに入学。中学生のころから宇宙の謎や地球の神秘などに関心があり、アメリカのアラバマ州にあるマーシャル宇宙センター(NASA)を訪れた際に、そのスケールの大きさに驚き、NASAで働いてみたいと思ったことが留学のきっかけである。


留学時代

留学当初は、英語を話しても通じない、相手が言っていることが全く聞き取れない、自身の誕生月も英語で記述できないレベルであった。そのような中、毎日のように趣味で絵を描いていたが、その延長で美術系の科目を専攻していた。勉強をするというよりも、気分転換が目的であったが、次第に周囲に画力が認められ言葉が通じなくても、絵を描くことがコミュニケーションの代わりになることを知る。

2004年、現地の高校を卒業後はアート系に進むか理系に進むかで悩んだ結果、それらを両立できそうな3Dアニメーションを学ぶために、当時メルボルンでは唯一3DCGを本格的に学べるIDEAという専門学校のマルチメディア科に進むことを選択する。この選択が後のやや特殊な経歴に繋がる。また、この頃に日本の親友を通しコンポーザーのSHO SAKAIと出会う

専門学校では、3Dアニメーション制作だけでなく、ホームページのデザインと制作、演技、プログラミングの技術、映像・画像編集、それからフリーランスとして働くための知識を学ぶ。2年間の専門学生時代は、現地の他校に通う日本人の知り合い(学生)のIT系会社で、ウェブサイト制作のデザインをチーフデザイナーとして担当していた。

しかし、英語もアートも、もっと勉強がしたいという理由から、現地の大学へ編入する。学業以外にも実績があったため、専門学校卒業前には複数の大学からオファーを受けていた。そのため自宅から徒歩で通えるという点、短い期間で大学が卒業できる可能性があった点から、RMIT大学への編入を選択する。(実際に2006年2月から11月までの9ヶ月で大学のアート学部マルチメディア科を卒業した。)大学では、映像制作を中心としたマルチメディア学をはじめ、アニメーション(理論)、実写映画やアニメで使えるデジタル合成・視覚効果、コンセプトディベロップメント、脚本、サウンドデザイン、マーケティング(ビジネスプラン)、ピッチなどを学ぶ。

大学のクラスメイトとは共同で映像作品などを制作し、たくさんの視聴者の前で公開した。チーム内で必要とされ、作品に対する視聴者の生の反応をみたことが現在の映像の仕事に繋がっている。

その後、2007年に公開された映画Academyアカデミー』のモデルとなった名門芸術大学、メルボルン大学大学院(VCA)に進学する。この大学への入学は難関といわれ、学業の成績だけでは評価がされず、入学するためには選抜テストに勝ち残る必要があるが、2007年に念願の入学がかなうと、本格的にアニメーション制作をスタートする。

その年、制作したコマ撮りアニメーション作品において、「アニマルロジック社 最優秀脚本賞」、「フィルムビクトリア社 最優秀アニメーション作品賞」などを受賞する。同年ピクサーのマットペインターであるポール・トポロス氏と、スターウォーズ等のコンセプトアーティストであるイアン・マッケイグ氏が偶然にも在籍中の学科で映像制作のワークショップを行う。その時、特にイアン氏には、後日弟子入り志願のメールを送るほどコンセプトアートの影響を受ける。翌年、アニメーションの修士課程を終了。

2009年には、同大学院での功績が評価され、メルボルン国際研究スカーラーシップを獲得し、執筆した博士論文や作品は、世界的に有名なアニメーション研究者であるポール・ウェルズ氏などから高い評価を得る。

2013年には、映画・テレビの分野でPhDを取得し、客員講師としメルボルン大学でアニメーションを教える。その経験を通しアニメなどの日本文化、サブカルチャーが世界的にも最先端の思想や創造をしていることを実感する。


日本帰国後

2013年5月に日本に帰国、フリーランスの映像ディレクター/デザイナーとして活動。2014年にはTAKUYA SUZUKI VISUAL WORKSを設立。ジャンルに捕われず映像制作を中心に、特に環境をより面白いものに変えることを目標に制作活動を行う。

帰国後のパフォーマンスやインスタレーションにおいては、書家の野竿進悟氏の影響を大きく受けている。野竿氏との出会いは、留学時のメルボルンで、当時、OROCHIのプロモーションビデオをボーカルの龍氏のディレクションのもと制作していた頃、龍氏のユーモアに溢れる紹介から知り合う。

野竿氏とのコラボレーション作品例としては、A Story渋谷店オープニングでのパフォーマンスや泰報堂でのパフォーマンス『一』などが挙げられる。また、帰国当初は、 日本カイロプラクターズ協会のプロモーション映像制作などに関わる。またプロジェクション映像制作などを含め、その他、某有名アーティスト、企業などの映像制作、企画などに携わる。


カナダ・バンクーバー

2017年さらなる飛躍を求め、同年5月にカナダのバンクーバーに移住。これまでの経験をいかし、映像のクリエイティブコンサルタント、個人での映像制作を続けながら、カナダでの映像制作経験を得るために、マットペインター、コンセプトアーティストとして修行中である。


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